エルモット

エルモット村・立ち上げの経緯(カシュカシュの自己紹介を兼ねて)

エルモット村・立ち上げの経緯(カシュカシュの自己紹介を兼ねて)

2022/02/17

エルモット村役場・副村長の、カシュカシュです。

なぜ私が、エルモット村を立ち上げることになったのか、これまでの経歴と経緯について、語らせていただきます。

Contents

1.広島生まれ・京都育ち

2.5歳から書家の先生に師事

3.大卒後、印刷会社に入社。

4.書道とグラフィックデザインで独立。

5.東京へ移転

6.突然のビジョン

7.ミステリースクールに入学。

8.経営の勉強。

9.代官山で実験

10.寄居に移転

11.カフェ・エルモットを開店。

12..林業学校に入学。

13.農林水産省の図

14.ますは心の中から

15.色んな考え方の中で

広島生まれ・京都育ち

転勤族の父が、広島への転勤直後に、私は生まれました。

1歳にもならないうちに、父は脱サラして京都の実家に戻り、スポンジ加工の工場を始めました。

なので広島の記憶は、私には全く残っていません。

「Hiroshima」と「Kyoto」には共通点があります。

それは、世界的に有名な地名で、インパクトがあること!
なので自己紹介では結構便利に使っています。

京都の実家は、妙心寺と広隆寺のほぼ中間、徒歩10分ほどの距離で育ちました。

5歳から書家の先生に師事

芸術家。書道家であり、京都教育大学の教授、山内観先生。
妙心寺の門前に、山内先生の書道塾がありました。

自転車に袴履きで走り回っている山内先生!
その袴姿が、私の中では強烈に印象に残っています。

とにかく大きな、愛に溢れる先生でした。

「山内先生のような大きな愛の人になりたい!」
という目標が子供の頃の私には刷り込まれてしまいました。

本当に立派な芸術家の元で育てていただいたことを心から感謝しています。

山内先生は、いつもこう仰いました。

「柔らかい筆の穂先を、日本刀とイメージして、机の奥深くまで切って書け」と。

刀でキリッと、精神を集中して書く稽古です。

「集中して書く線は、強いだろう?
集中していない線は弱いだろう?」

と先生は仰るのですが…
子供の私には、さっぱり分かりませんでした。


ところが、毎週毎週「日本刀」とイメージして集中して書く訓練を重ねると…

徐々に、作品の出来の違いが分かってくるようになるのです。

過去の自分の作品を見た時に
「集中してるな」
「気が散ってるな」と、
感じ取る感性が磨かれてくるのです。

他の人の作品を見た時にも
「気楽な人だな」
「厳しそうだな」と、
書き手の精神状態が伝わってくる。

つまり「見えないものを感じ取る」ある種のサイキック能力が高まってくるのです。

これは書道だけでなく、日本の伝統文化の「道」に含まれる要素だと考えます。

日本の伝統文化は「精神性を高める」と言われます。

単に「文字を書く」「お茶を点てる」「花を生ける」という日常の行為の中で、精神集中の訓練を繰り返すことにより、精神的な能力が高まるのだということを、実感しています。

大卒後、印刷会社に入社。

大学卒業時は、バブル期に差し掛かった頃でした。
景気はいいけど、どこも採用してくれず、就職活動は絶望の連続でした。

唯一内定がもらえたのが、当時日本最大の流通グループ、スーパー「ダイエー」の系列印刷会社。当時は不本意でしたが、今から考えれば、この会社でなければ何も始まってなかったと思います。黎明期のMachintosh(パソコン)に出会うこともなく、独立することもなかったでしょう・・・

ダイエーは後々、バブルの徒花のような扱いになっていくのですが、当時はイケイケで、楽しい思い出がたくさんあります。

グループ企業全体で2万人が働いていた(と記憶している)ので福利厚生もバッチリ。社員食堂はあるし、冬はトマムでスキー、夏は信州でテニス。ダイエーオレンジアタッカーズという実業団バレーボールチームのチアリーディングに入って遠征旅行に行ったり。業務の何かで表彰してもらって、豪華客船「富士丸」(だったかな?)で日本一周クルーズに乗せてもらったこともあります。

大企業の「恩恵」を、たぶんグループ2万人の中でもトップクラスでフル活用していたのではないかと思います。本当によく遊ばせていただきました。感謝しかありません。

人間が楽しく生きるために役立つ制度を、できればエルモット村でも稼働させたいものだと、今でも考えています。

書道とグラフィックデザインで独立。

入社して5年目、「恋は盲目」に陥り、仕事なんてやってられない、彼に会う時間を作らなくては!ということで、会社を辞めることにしました。

とはいえ生活費は必要なので、派遣にするか、独立するか?
ちょっと迷って、派遣登録しながら独立することにしました。

大阪市北区の、中津駅に直結したマンションの小さい1室を借りて、「書道できます」「パソコン使えます」という程度で仕事を始めました。

大企業とは真逆の、なんて自由な世界!
自分の時間をどう使うか、誰にも遠慮が要らないのです!
大空に羽ばたく小鳥のような解放感を、全身で感じて、幸せいっぱいでした。

大企業の安心感も、フリーランスの自由感も、どちらも体感した私です。できることなら、この両方の良さを体現した制度を作って、エルモット村でも稼働させたいものだと、今でも考えています。

仕事は「松下電器産業」や「くら寿司」「日本国際パフォーマンスアートフェスティバル」などのお仕事に、長年関わらせていただきました

(詳細はこちら)。そのうち恋も終わり、仕事だけが残った次第です。

東京へ移転

独立10年目のある日、時々仕事を依頼してくださる方が、東京からわざわざ私の仕事場に訪問して来られました。「ITベンチャーで起業するから手伝ってほしい」ということで、開発されたソフトウェアの試作品を見せてもらいました。

それは、一言で言うと「内観」ツール、いわば「心の鏡」のようなものでした。そして、このソフトウェアで「地球をパラダイスにする」と言うのです。
私は感動して、「こんな素晴らしいものが売れない訳がない!」「絶対に開発に関わりたい!」と思いました。

すぐに東京へ行きたい気持ちがありましたが、大阪の仕事もあるしで、結局1年後に東京へ引っ越しました。勝手に押しかけたので、給料も何も全くありませんが、とにかくその夢を実現したかったのです。2003年のことでした。

突然のビジョン

この仕事に取り組んでいた最中のある時、私の頭の中に、あるビジョンが突然現れました。
それは日本の里山のような風景でした。

里山には、古民家が点在していて、パビリオンのようになっていました。書道、茶道、柔道、などの伝統武芸の道場、茶店、食堂、温泉、神社仏閣、田畑、集会場など・・・日本の昔の集落のようなものでした。

そして、そこには日本人だけでなく、黒人も白人も、あらゆる人種の人が、心からの無防備な笑顔で、微笑んでいる、ものすごく幸せな風景でした。

私は「これを作るために生まれてきたんだ!」と思い込み、感動で魂が震えるほど嬉しくて、歓喜しました。

「これは、何と呼べばいいのだろう?『和文化のテーマパーク』と言えばいいのかな?」

社長が言ってた「地球パラダイス化計画」は、これだ!社長のパラダイスの計画の一環で、この「和文化のテーマパーク」を地球の至るところに作るのだ!と、勝手に解釈して、余計に情熱を注いでいったのでした。

ところが私はプレゼンの技術もなく、社長と意思疎通できず、話が噛み合う訳もなく、ソフトウェアも思うように広がらず・・・もうどうしたらいいのか分からず、ケンカみたいになってしまい、会社に行かなくなってしまいました。

ミステリースクールに入学。

途方にくれて、占いやらカウンセリング、リーディングなどあちこちを訪ねるも、
どこへ行っても「あなたはヒーラーだから、ヒーリングの勉強をしてください」と言われて、仕方なく、ヒーリングの勉強を始めることにしました。

ミステリースクールに入学。

西洋的で論理的な「異次元」について学ぶために、3年ほど通いました。
そして知ったこと・・・

心が癒されていなければ、心からの笑顔なんて無理。

そして「自分達の価値観が正しい、相手が間違っている」という二元論から抜け出さない限り、平和は実現しない。

「善/悪」で白黒はっきりさせる「二元論」から抜け出して、
立体的に捉え、お互いの価値観を認め合うこと。

悪い方向へ向かう原因は「弱さ」なのだから
弱さを許し、弱さをカバーする意識や制度がなければ、お互い「平安」にはなれない。

「弱さ」を包み込む「強さ」こそが、「愛」であり「癒し」ではないか?

私の和文化テーマパークには、癒しの要素が不可欠であることを理解し、それを中心に組み立てること必要性を痛感したのでした。

経営の勉強。

経営の勉強。たまたま出会った小松伸多佳先生が、ボランティアで経営者向けに無料講座を開講されていたので、そのクラスに3年ほど通いました。

ニュービジネス協議会の研究部会、「成功確率を高めるための事業計画書作成講座」。
先生は「MBA並みのことを教えている」と仰ってて、誇張ではないと思います。

元々、野村證券の国際投資アナリストで、巨大案件ばかりやってた先生なので、授業の教材も巨大企業の財務諸表を使うなど、大規模な事例ばかり学ぶことになりました。

事業を成功させるために必要な要素が何なのか、押さえるべき必須ポイントについて繰り返し学ぶ、本当にありがたい、良い機会でした。

小松先生から学んだポイント

①フェアでなければ、続かない。

②経済学的フェアとは、リスクとリターンが正比例すること。

今は社会全体で、至るところにアンフェアがあります。

だから経済崩壊は必然なのだろうなあ…
経済を崩壊させたくなかったら、フェアな社会へ転換するしかないだろうな…
と、私なりに理解しています。

エルモット村は、無理なく継続できるフェアな制度を練り上げてゆきたいものです。

縄文時代のように、一万年続く仕組みづくりに挑戦?!

その後、ビジネスプランコンテストにエントリーしたことから声をかけられ、社会起業大学の9期生として入学。魂の掘り起こしから始める仲間づくりからスタート。ここは身近なことを題材にする、現実的な実践の場でした。

苦手なことに取り組むと・・・

経営の勉強を始めてから暫くして、大きなショックを受けたことがあります。

それはデザイン仕事に取り組んでいる時・・・
「自分の作品に感動できない!もっと良いものが作れるはずなのに、できない!」

これは本当にショッキングなことでした。
もともと右脳人間なのに、無理やり左脳を働かせて、めちゃくちゃ無理をして勉強していました。

頭の中の、よく使う部分が、いつもと違うので、ものすごい負荷がかかり、動かなくなったようでした。思うような作品が作れなくなった自分を認めることができませんでした。

苦手なことに無理して取り組むことにより、もともと使えていた能力が発揮できなくなる・・・・
社会全体でみれば、どれだけの損失が生まれているか。。。

 

やはり、私が作るテーマパークは、芸術家が芸術家らしく生きられる環境を整備したい。
苦手なことをしなくても良い仕組みを絶対に作る!

お金のことを気にしなくても、価値があると思える創作活動に取り組めること。
これは何よりも重要なことです。

「人権の尊重」「尊厳社会」。これを極めていくべきとの思いを新たにしました。
 

代官山で実験

知人が所有する代官山の一軒家を借りて書道教室兼ヒーリングサロンを実験的にやってみたのですが、費用面でも企画面でもあらゆる面で力不足、継続困難に・・・。

寄居に移転

寄居に転居した知人が「良いところだから来てください」と何度も言うので、仕方なく行ってみました。指定の施設に入り、一人で寄居に1泊した朝・・・目覚めた時の幸福感・・・

「何もないのに、生きているだけで幸せ!」
こんな体感があるなんて、本当に信じられませんでした。こんなに幸せな感覚は人生初めてだったのです。


癒しの施設はこのような場所でなければ、と思い、新宿から寄居へ転居することにしました。

シェアオフィスとしてオーナーが解放している、60人ほどが宿泊できる研修センター。
なんと奇跡的に、社会起業大学の先輩・桜井さんや、ガーナ人のユウジンも入居していたのです! まさに運命かも?!ここで再挑戦のスタートです。

カフェ・エルモットを開店。

しかし1年も経たないうちに、オーナーから合宿所売却のため立ち退きを促され、近くの一戸建てに転居することになりました。8畳のリビングと、6畳の洋室1つに和室3つ。一人で住むにはちょっと広いかな?というところで民泊を始めたらインド人が高評価をつけてくれて、たくさんの人が来てくれることになりました。そして「リビングをカフェにしよう!」と思い、ちょっと改装して、カフェをオープン。外国人ウーファーボランティアに助けられながら、書道講座、異文化交流などのイベントにも挑戦。

コロナ前の3年間で、計22カ国から、10代から50代まで沢山の人がエルモットに来てくれました。

生活習慣が全く違うので、初めの頃は、家中がめちゃくちゃになることもよくありました。
「外国人お断り」の張り紙を出す人の気持ちが、よーく理解できました…しかしこれでは世界平和にならない!私が目指しているのは「世界中の人が心からの笑顔で微笑み合う和文化テーマパーク」なのだから…

国際交流で実感したポイント

本当に良い関係を築くためには、
「言いたいことが言える」
「異なる意見を受け止められる」

心の態度が必要。

まずは自分から心を開いて「我慢せずに、きちんと伝えること」を意識する・・・
するとトラブルなく快適に過ごせるようになっていきました。

「靴は揃える」「大皿から取る時はお箸を逆向きに使う」など、細かいことですが日本式のマナーを伝えると、初めはぎこちない彼らも、他所に行った時に褒められるので、嬉しくなってますますマナーが良くなる!という好循環も生まれました。

面倒でも、こんな小さなことから世界平和は築いていけるのだと思います。

コミュニケーションの基本は、心の健康から!

国際交流に関わらず、関係性の構築には「癒し」が重要であることを実感。
「話し合いの場」を設定するだけでも、「癒し機能」がかなり向上すると確信するようになりました。

林業学校に入学。

友人から「木こり学校」の案内をもらい、「これは必要!」という直感に従って入学することにしました。全国でも唯一、埼玉県には林業の大学がないため、自然保全のために県が開講した埼玉県林業従事者研修でした。その1期生です。

週の半分、朝から夕方まで、座学と実技を受講しました。
座学では、保安林などの大地の役目、自然が今どうなってるのかを学びます。そして実技では、チェーンソーの分解・整備から、直径30cm程度の樹木を切り倒すところまで、山の中で体験学習です。
倒木の難しさは「狙った場所に正確に倒す」点にあります。木と木の間、木と建物の間、など、「ここ!」という所に倒さないと大変なことになってしまうのです。

約半年間、無事に通学して修了することができ、森林ビルダーの資格をいただきました。

私にとって一番大きな変化は、ソーラー畑は絶対規制するべき!との価値観を持つようになったことです。根を張って山を支えてくれる樹木を切り倒すと、本来なら防風林など人間を守ってくれるはずの自然が、逆に人間を襲ってくるようになる・・・・恐ろしいことです。

「大地再生の会」は、物理的に、切れた水脈をチューブで繋いだり、コンクリートを除去したりして、豊かな大地へと再生させる活動をしている団体です。

理事の押田さんが寄居在住なので、相談に行きました。

「もしも荒地が入手できたら、何からどう始めたらいいでしょう?」
押田さんは、う〜ん、と少し迷った感じでしたが、
「まずは、けもの道を探して、それを生かして導線を作り、それを元に、なるべく地形を崩さない形で建物の配置を決めていく。だから『何を建てたいか?』を先に挙げておいてください。地形を優先して全体を決めてゆくのがいいでしょう。」

とアドバイスをいただきました。

発酵作用を活用する人たちとの出会い

寄居よりも少し東京寄りの「小川町」には、有機農法で有名な「霜里農園」があり、有機栽培や自然農法、環境などに「意識高い系」の移住者が多いことで有名になってきている土地柄です。また隣の秩父には三峯神社があり、味噌などの名産品もいろいろあって、山岳信仰が根付いています。この周辺には素敵な活動をしていらっしゃる人がたくさんいます。

味噌、醤油、藍染、麻製品、そして農産物にとって最重要な「土」。微生物の発酵作用が素晴らしい作用をもたらしてくれていることを実感する毎日です。都会に住んでいると、天然の製品は高級で、取り入れたとしても「部分的」なものですが、豊かな自然が残る地域では、環境まるごと天然作用の中で生きていくことが可能です。子供の頃から天然環境で育った人は「脳」も健康的で、素晴らしいなと感心することが多々あります。

ただ私的には「虫」だけは勘弁…なのですが、きっと近い将来、天然作用で虫と棲み分けできる何がが開発されることでしょう。。。それを楽しみに、小さな工夫を重ねながら、待つことにします!

 

農林水産省の図

農林水産省の図の中央に「文化の伝承機能」という項目があります。

これが、私のイメージする「和文化のテーマパーク」です。

しかし、ここだけでは意味がない。
周囲の海、山、田畑、すべてが健全で美しく機能してこそ、この文化の機能が役に立つ。

この図全体の中の、テーマパーク。全部が生きてこそ、周囲も生きる。

この全体を実現するのが、エルモット村構想です。

まずは心の中から

最初はマズローの図を使うのがわかりやすいと考えて、欲求段階図をアレンジして使っていました。

しかし順番を追わないと上がれない印象が強いので、以下のように変更。

まずは、心の中から、幸せを感じられる力を高めてゆく。
そして精神を高めて、周囲と調和した、平和な地球を作っていく。
それが強力に高まった時、地上に和文化のテーマパークが具現化するのだと思っています。

地球をパラダイスにする活動に、ぜひご一緒しませんか?

色んな考え方の中で

世の中には、さまざまな考え方の人がいらっしゃいます。

事業を起こすにしても

「お金がなかったら何もできないよ」
という人もいれば
「『お金がないから出来ない』という人は、お金があってもできないよ」
という人もいます。

前者の考え方が「世間の常識」かもしれません。

でも、私がこれまで出会ってきた人の中でも、私が尊敬する人は
後者の考え方をする人たちでした。

だから私は、資金がないことを言い訳にしないで、
お金がなくても出来る方法を、必死になって探して工夫を重ねてきたつもりです。

もちろん、お金が理由で諦めたことも多々ありますが
よく自殺せずにここまで生きてこれたなーと思うこともあります。

夢を叶える

夢というのは、初めは憧れだけで突き進めるものですが
勉強すればするほど、現場を知れば知るほど、課題の多さや自分の非力に気づき、
努力すればするほど、どんどん遠ざかってしまう。。。

夢を追いかけた経験がある人なら、この気持ちが分かると思います。

「私がこの夢を諦めたところで、誰も困らない…」
「どこか堅い企業や役場に就職して安定収入を得たほうが、周囲は安心するだろうな…」
「これは “執着” なのではないだろうか?」
壁にぶつかるたびに、そんな気持ちが湧いてきます。

 

夢は、諦めたほうが、ずっと簡単に生きられるのかも知れません。
でもそれが私にはできなかった。

「その夢は、あなただけの夢じゃないんだ」と
見えない存在から 何度も叱咤されて
私自身も、諦めることを、自分に許せなかったのです。

 

いろんな体験を経て、ほんとに色んなことを乗り越えてきて
いよいよ、実現できるフェーズに入ってきました。

価値観を共有できる人たちに集まってもらって、
実現していきたい。

共に行動する仲間になっていただけないでしょうか?

色んな方法がありますので、ぜひ応援よろしくお願いします。
一緒に活動できることを、楽しみにしています!

エルモット村の企画書を
ダウンロードできます❣️
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エルモット村の活動

応援のお願い

さまざまな方法をご用意しています。

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About me

この記事を書いた人

 かしゅっち 

エルモット村役場・副村長。 わがままで自分中心なんだけど、そんな自分を許しつつ、本人なりに精一杯の愛を体現しているつもりでーす。

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エルモット村
〒369-1205
埼玉県大里郡寄居町末野535-2
電話番号 : 045-579-5646
FAX番号 : 048-579-5801
 


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